意識他界系女子の戯言。

社会人5年目。日常のことを徒然なるままに記したブログ。

人生を哲学する

3月3日、仏教に関する講座を受けた。

結論から言えば 仏教と言うよりは、学生時代に歴史の授業で学んだ「親鸞」についての講座といった方が良いだろう。

1. 講座受講前は…

講座受講前、私が「親鸞」について知っていることと言えば、浄土真宗を開いた  日本史の教科書に出てくる人…というイメージしか湧かない程 残念な知識しか持ち合わせていなかった。

講座では 4時間ほど、ビデオと座学でみっちりと「親鸞」について学んだ。そこで得られた知見として 親鸞は、8歳で両親と死別、9歳で出家…っと、幼くして天涯孤独になったことを知ることが出来た。その後も90歳で亡くなるまで波乱万丈な人生を歩んだが、それについては また後ほど。

 

2. 講座受講のきっかけ

仏教講座を受けようと思った事の発端は 、2ヶ月ほど前 ちょうど哲学に関する本 (「人は死んだらどうなるか」といった内容のヤツ) を読んでいたことである。読了はしたものの、概念が抽象的で本を読んだだけで内容を1回で理解するのは難しかった。そんな事を思っていた矢先に、マンションのポストに仏教講座のチラシが投函されていた。

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「これは哲学を効率よく学ぶチャンス!!」と思い、受講日の3日くらい前と かなり急ではあったが、すぐに受講を決意。

 

3. 私の屈折期

日頃から…というより、私は小学生の時から

・「人間は何の為に生きているのか?」

・「あらゆる人間やモノはいつか消えて無くなるのに、何故『今』という時を生きなければならないのか?」

…と考えるきらいが (時たま) ある。

これらの疑問に対する最適解は未だに見つかっていない。けれども「自分の人生でこれは譲れないと思うモノ」(例えば 仕事、健康、余暇の時間 など…) を考えれば、自ずと見つかるのではないかと思う今日この頃。建前では「社畜だから仕事して死なない程度の生活を送る為」と考えている。しかし 仕事だけが人生の全てではないのは自明の理。むしろ仕事外の時間に「生きる意味」が隠れているので、私流・「人生の目的」を何とかカタチにする為に、20代のうちはもがき苦しまなければならないのだろう。

そして 10代の頃は反抗期 (…というより中2病?) 真っ最中なのも相まって、ちょっとした自殺願望が芽生えたり、自分が20歳まで生きているイメージが湧かなかったり…と、心の中にヘドロが溜まったような…それこそ生きることに消極的な時間を生きていることの方が長かった。

講座で知り合った方に このことを伝えたところ、「この手の学問は 人間のココロの問題を扱っているので、理解が難しい。」と言われていた。

因みに この記事を投稿した当時の私は26歳。世間では まだまだこれからの世代にカテゴライズされているけれども、当の本人は「もうアラサーババァか。年取ったな…思ったよりも長く生きてしまった。人生メンドクセ。。。」と捨て台詞を吐く始末 (笑)。

 

4. 講座受講して…

講座の形式は 午前中に2時間、親鸞の生涯をビデオを観て学び、午後に親鸞が生涯かけて伝えようとしていた「平生業成 (へいぜいごうじょう) *1 」をメインとした内容を、座学をメインに学んだ。

先ほど、親鸞は幼くして天涯孤独になったことを書いた。その後 20年間仏教修行に明け暮れるも、29歳の時に下山。下山後 法然と出会い、彼 (法然) より「阿弥陀如来」の教えを受ける。また 31歳の時には、当時 仏教界で禁止されていた「肉食妻帯*2 を敢えて断行し、仲間からバッシングを受けた…っと、現代のマスゴミもビックリする程の破天荒ぶり (笑)。その後も流刑されたり、晩年には実の子供から絶縁されたり…っと、自ら波乱万丈過ぎる人生を選んだ (?) 親鸞の生き方に圧倒されっぱなしになった。

 

親鸞の生き様は奥が深い…

 

結論: 学生時代にこういう歴史の学び方を体得していたら、もう少し勉強が好きでいられたかもしれない。しかし 日本の教育は、どこか「社畜養成校」的な側面があり、所詮 同調圧力を高める受験用のツールに過ぎないのである。故に 社畜とは、社会で活躍する個々の金太郎飴の集合体である。

 

※あまり理解しきれてない為、あとで書き直すかもです。

*1:「平生 (へいぜい) 」…今現在の意。「業 (ごう) 」…人生をかけた大事業の意。卒業の「業 (ぎょう) 」の意味はこれに当たる。「成 (じょう) 」…何かを成し遂げることの意。完成、達成の「成 (せい) 」の意味はこれに当たる。総じて、生きている間に、「人生の目的」を達成するという考え。

*2:肉食妻帯 (にくじきさいたい) …僧侶が女性と結婚すること